被告の返済能力で判決が決まる?

私は、原告と被告、双方に不満が残らない、云わば、折り合いの良いところで決着をつける場が、「調停」だと思っていました。しかし、現実は全く違っていました。私たちは、被告ではなく原告なのに、根拠の定かでない、納得のいかない判決を押し付けられて、反論をする場も与えられず、涙を飲んで収めるしかない、そんなやり方でした。解決と呼ぶには程遠い、無理強いです。どちらに非があるか?を争う裁判ではなく、非があるのは明らかに欠陥を生じさせた被告であることがわかっている調停なのに、調停員は最初から被告側のほうに立っている人たちでした。
賠償金額の根拠は、欠陥箇所を、どういう直し方で直すのか、一つ一つ積み上げられた結果の金額でなければならない筈なのに、全く金額の根拠は示されません。清水建築工房の社長は弁護士を頼まず、毎回Aという取締役と二人で出廷していました。が、調停員は、そのことを「被告は弁護士も雇えない程お金が無いのだから」とか「小さな工務店だから」と、いつも被告の返済能力の事ばかり言いました。そして、私たちが岩山先生に算出して頂いた金額の四分の一にも満たない金額を提示してきたのです。被告の個人資産を、事前に調べたわけでもなく、どうしてそんなことが言えるのでしょう? 弁護士を雇わない=貧乏人・・裁判所とは、そんなに安易に、見かけで判断をする所なのでしょうか? 社長は、日本一授業料が高いことで知られる私立のK幼稚舎に子供を通わせ、ベンツやVWに乗って、何も困らない生活を今もしているのです。そんなたわいもない理由で、賠償の金額を決められたのでは、調停に至るまでに、長い間、私たちが準備してきた、専門家による意見書など、無意味だということです。被告が原告に対して、どれだけの損害を与えたか? 現状復帰の為にどれだけの金額が掛かるか? 判決は、それらによって決められなければなりません。悪いことをしたら一生かかっても弁償する。それが当たり前の道です。被告の体力や支払い能力によって判決が決められるなら、裁判員など最初から要らないです。「調停」とは、自分はこんなに理不尽な国に生まれてしまったのかを、思い知らされる場でしかありませんでした。   

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欠陥住宅を建てて逃げた茅ヶ崎市の清水建築工房の社長を追っています。御存知の方はお知らせください。

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