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「逃げたGPライダーを追え!!」 2 栄光から“傲り(おごり)”へ

栄光から“傲り(おごり)”へ
テレビでは明かされなかったその会社は茅ヶ崎市にある「清水建築工房」。
その社長の名前は、清水〇〇。
元モーターサイクル・ロードレースライダー。
1987年全日本ロードレース選手権250ccクラスチャンピオン。
国内で彼にかなうものは無く、1988年から5年間ロードレース世界選手権にフル参戦した。
ホンダワークスのAJINOMOTO TERRA <味の素テラ>のテレビCMにも、颯爽と
したライダー姿で出演した。
いまだに、モーターファンの中には、彼を崇拝する人も多い。
彼の父親と兄は、建築業を営んでいた。
世界を舞台に、秒コンマコンマ幾つを争う熾烈な競争の場に身を置いてきた彼は、
1992年 28歳の時、南アフリカGPを最後に、「身体に優しい、自然素材の家を建て
たい!」そう公言し、惜しまれながらも引退した。
引退後の第二の人生として彼が選んだのは、父親や兄と同じ建築の道であった。
二級建築士の資格を取り、2001年、親から独立して、茅ヶ崎市香川の両親名義の土地
に、彼自らの設計で、事務所&モデルルーム&自宅を建て、「清水建築工房」という有限
会社を興した。
清水〇〇37歳の時である。「清水建築工房」は、役員に両親や妻を据えた“家族会社”
であったが、社長として、数人の従業員と下請けの職人を抱え、会社を運営することに
なったばかりの彼は、同時に、妻と幼稚園児であった息子を養わなければならない父親
でもあった。

茅ヶ崎の自宅兼事務所  
清水自宅兼事務所e絵風 
      main.jpg








紀州杉と漆喰壁を使い、屋上庭園と中庭のある“南仏風の家”、それが「清水建築工房」の売りだった。
彼は、いかにも人目を引きそうに建てられた自邸を、モデルルームとして営業に使い、茅ヶ崎周辺の不動産会社と組んでは、客を家に案内させた。
見事な紀州杉と漆喰壁、そして南仏風のデザインに、客は魅かれてしまう・・・だから、会社の滑り出しは良かった。
自然素材を売りとする資材会社にもうまく取り入って名前を売り、信用を得ることにも、或る程度、彼は成功している。
それまで、もっぱら建売住宅を手掛けていた彼が、ある時から、注文住宅に手を出すようになった。それは、〇〇幼稚舎を受験すると決め、息子を都内の有名塾に通わせ始めた時期と重なっている。
売れても儲けが知れている建売住宅より、イージーに価格設定が出来る注文住宅のほうが、懐に入る利幅は、各段に大きいに違いない。
手始めに、友達やクラスメートなど、知人の家を建てることから始めた。
体裁を整えて、何とかスタートラインに立った彼の第二の人生・・その先に、失速とクラッシュが待っていることを、その時の彼は、まだ知らない。

プロフィール

Author:kekkanzyuutaku
欠陥住宅を建てて逃げた茅ヶ崎市の清水建築工房の社長を追っています。御存知の方はお知らせください。

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